精神科認知症病棟で出会った一人の患者さん。 毎朝の変顔から始まった小さなコミュニケーションが、私の看護観を大きく変えました。 現役訪問看護師が実体験をもとに、笑顔の力と認知症ケアで学んだことをお伝えします。
変顔から始まった、小さなコミュニケーションが教えてくれたこと
私は看護師として、精神科の認知症病棟で勤務していた時期があります。
認知症病棟には、他の病院や施設では対応が難しくなった重度の認知症患者さんが多く入院されていました。
一日中病棟を歩き続ける方。
目の前にある食事を食べ物だと認識できない方。
何でも口に入れてしまう方。
初めて勤務した私は、「精神科は怖い」「認知症の方とはうまく関われるだろうか」と、不安な気持ちでいっぱいでした。
そんな私の看護観を大きく変えてくれた、一人の女性患者さんがいます。
ここではAさんと呼ばせていただきます。

毎朝2~3秒の変顔
Aさんは男性スタッフには警戒することがありましたが、不思議と女性スタッフとは穏やかに会話ができる方でした。
私は昔から、人を笑わせることが大好きです。
そこで毎朝、Aさんの前へ行くと、思い切り変顔をして「おはようございます」と挨拶していました。
ほんの2~3秒の出来事です。
するとAさんは、お腹を抱えるように体を後ろへ反らせながら、大きな声で笑ってくださるのです。
その笑顔を見るたびに、私まで嬉しくなり、「今日も笑ってもらえた」と幸せな気持ちになっていました。
「今日は変な顔しないの?」
ある日の午後、私は院長回診の担当をしていました。
患者さんの様子を院長へ報告しながら、一人ひとり診察していただく時間です。
Aさんの前に行くと、私の顔を見るなり嬉しそうに言いました。
「今日は変な顔しないの?」
私は思わずドキッとしました。
院長がすぐ隣にいたからです。
慌てて人差し指を口元に当て、「シーッ」というジェスチャーをしました。
すると院長が少し笑いながら私に尋ねました。
「変顔してるの?」
私は恥ずかしくなりながら、小さくうなずきました。
今度は院長がAさんへ尋ねます。
「どんな顔になるの?」
するとAさんは、少し誇らしそうな表情でこう答えました。
「このべっぴんな顔がね、すごい変わって面白いのよ。この人。」
その瞬間、院長も、先生方も、周りにいたスタッフも大笑い。
もちろん私も、恥ずかしくなりながら一緒に笑っていました。
病棟中が笑顔に包まれた、今でも忘れられない時間です。

私の思い込みが変わった瞬間
実は私は、それまで勝手に「重度の認知症の方は、新しい出来事を覚えることは難しい」と思い込んでいました。
だからこそ、この出来事は本当に衝撃でした。
毎朝ほんの2~3秒。
ただ変顔をして、一緒に笑う。
それだけの小さな積み重ねが、Aさんの心の中に残っていたのです。
もちろん、認知症の症状や記憶の残り方は人それぞれです。
それでも私は、この経験を通して、本当の笑顔は「心」でつながることができるのだと感じました。
笑った時間や、安心できる人との関わりは、心のどこかに残ることがあるのかもしれません。
あの日の出来事は、私の認知症に対する考え方を大きく変えてくれました。
看護師として大切なことを教えてもらった
私は看護師として、Aさんのケアをする立場でした。
でも、あの日の出来事を通して、本当に多くのことを教えてもらったのは私の方でした。
認知症だから何も分からないと決めつけてはいけないこと。
その人の心に寄り添い、笑顔で接することの大切さ。
そして、毎日のほんの小さな積み重ねが、信頼関係につながること。
Aさんは、言葉ではなく笑顔で、その大切さを私に教えてくれました。

最後に
私は現在、訪問看護師として多くの利用者さんと関わっています。
訪問の日には、いつも心の中で考えています。
「今日はどうしたら笑ってもらえるだろう。」
笑顔には、人の心をほぐす力があります。
安心感を与え、人と人との距離を縮めてくれる力があります。
だから私は、これからも利用者さん一人ひとりと向き合い、笑顔を大切にしていきたいと思っています。
あの日、病棟中が笑顔に包まれた光景は、今でも私の心の中で輝き続けています。
Aさん、本当にありがとうございました。
あなたとの出会いが、今の私の看護につながっています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この「笑顔が教えてくれたこと」シリーズでは、私が看護師として出会った忘れられない出来事をお届けしています。
次回は 「言葉を忘れても、歌は忘れていなかった|認知症の患者さんが教えてくれた音楽の力」 をお届けします。
また読みに来ていただけると嬉しいです。



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